心房中隔穿刺は奥が深い
心房中隔穿刺は、大腿静脈などの静脈からシースを挿入し、右房から心房中隔(卵円窩、fossa ovalis)を穿刺して
左房にカテーテルを到達させるために必要な技術です。近年本邦でも行われている経皮的左心耳閉鎖術や経皮的僧帽弁形成術
(Mitra-Clip)などのSHD治療で必須のプロセスです。私の以前の認識では、心房中隔穿刺はこれを要する治療手技の前半戦の
“山場”という程度でとらえていましたが、最近は極論いうと心房中隔穿刺さえうまくいけばあとは術前の予定通りやればいいんじゃないか、
とさえ思うようになりました。それくらい奥が深いし、またちょっとトリッキーで不確定要素もはらんでいる気もしています。
そもそもこの経静脈的な心房中隔穿刺は1950年代に左房の血行動態を調べるために行われたのが始まりらしいです
(下記参考文献、Ross, Braunwald, Morrowらのビッグネームが共著)。
https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/0002914959903479?via%3Dihub
その後、1980年代に入って、僧帽弁狭窄症に対して経皮的僧帽弁裂開術 (Percutaneous Transvenous Mitral Commissurotomy: PTMC)や、
心房細動に対しての肺静脈隔離(Pulmonary Vein Isolation: PVI)に使われるようになってきました(実臨床では心房中隔穿刺は
PVIで最も行われていますよね)。上述の左心耳閉鎖やMitra-Clip以外に僧帽弁の弁周囲逆流(Para Valvular Leak: PVL)、
更に経皮的僧帽弁置換など本邦未承認のカテーテル治療などを含めると、ますます今後は中隔穿刺が活用される場が増えるのではないかと
予想します。
JACCの心房中隔穿刺に関するレビューでは歴史から細かいテクニックまで網羅されており、イラストもきれいでスッと入ってきましたのでぜひご一読ください。
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1936879816319082?via%3Dihub
注意するべきポイントは①イメージング、②穿刺部位、③合併症対策あたりと思います。
① イメージング
PVIを行う不整脈専門の先生たちは局所麻酔で心腔内エコー
(ICE)を用いているケースがほとんどで、一方Mitra-Clipを行う先生たちはクリップ
の位置決めで3D画像を使うという縛りがあるため、経食道エコーを用いているのではないかと思います。
いずれにしてもオリエンテーションが付くよう慣れていけば問題ないと思います。
経食道エコーではBi-caval viewでsuperior-inferior、大動脈のshort axis viewで
anterior-posteriorのオリエンテーションをつけています。心腔内エコーではHome viewから
時計回りにしてseptal viewの近くでプローブを回しながら大動脈との位置関係を確認することが大事と思います。
当科では透視画像はスナッピングやオリエンテーションの確認に使っていますが、初期のゴールドスタンダードである
右房造影はルーチンでは行っていません。
② 穿刺位置
Fossaの中のどこを狙えばよいかというと、これはいろいろな治療によって違っていて、前述のJACCのレビューでは
左心耳閉鎖ではposterior(でちょっとinferior)、Mitra-Clipではposteriorでややsuperior、
というようにご親切にわかりやすく図示しています。Mitra-Clipではシャフトの形状から、
中隔穿刺部位には強い縛りがあります。カテーテルが心房中隔のテンティング部位から左房に進み僧帽弁の接合部
(クリップの先端を置く位置)に垂直に降りていく“仮想ライン”を引いてその長さが概ね4.0~4.5cmのところに穿刺します
(遠すぎても近すぎてもダメ)。ここで妥協すると後で痛い目にあいます。
③ 合併症対策
何といっても心タンポナーデです。通常のBrockenbrough針で機械的に押すよりはRF
(radio frequency)ニードルの方が安全と思います。特に左房の天井といわれる位置に近い時は、
RFニードルで穿刺後に針の先進は最小限にしてあとはシースで進める必要があります。
また最近は術中に心エコー指導医のSI先生にご指導受けて、最近は心房中隔の形態をよく
観察するようになりましたが、あんまり心房中隔の端っこを狙うと心膜反転部まで差し掛かる
リスクもあることを注意しています。巨大左房やfossa周囲のlimbsの部分の肥厚などでforamenに
テンティングしにくい方も難しいですね。そういう時はpre-shapedの穿刺針の角度を変えたり
(1st ベント、2nd ベントに加え、更に3rd ベントで?マークみたいにすることもあります)、
Steerable ニードル(Agilis, St.Jude Medical社)でバックアップを変えたりするとうまく
テンティングできます。とにかくガンコに“見えないなら刺さない”の精神で穿刺部の可視化を試みます。
その他、左房や肺静脈での操作中には血栓(ACT 250~300秒以上)や空気塞栓へ最大限の配慮をはらいます。
また中隔がfloppyの場合は特に治療直後医原性心房中隔間交通が起きやすい気がします
(斜めにカテが入るからでしょうか)。ただ閉鎖術を要するほどのシャントになることは極めてまれです。
あとは上級編ですが、外科的もしくは経カテーテル的心房中隔閉鎖術後だと大変ですね。
詳しくは下記の論文をご覧ください。
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0167527317306861?via%3Dihub
とにかく、SHDの治療プロセスではわき役的存在の心房中隔穿刺ですが、その重要性はこれからもますます高まるでしょう。
